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なんかパソの内職ないから時間あって、どんどん増えるよ(笑)

今度は、くすんだ赤の水玉に、
生成りのコットンフリルレースのカントリー風・柔らか首輪作ったよ
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金色のハート型バックルは飾りにBrilliant
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バックルで長さ調節できるようにも作れるけど、

それをやると段々ゆるまって
顎に首輪が引っかかって猿ぐつわ状態になったり、

逆に締まりすぎて
首絞め状態になったりと危険なので

基本、ピッタリサイズで・それぞれに作ってますにっこり

皆様も、購入した首輪は
ピッタリサイズに調節した後、
縫い止めてしまうことをお勧めします☆

後ろの留め部分は、同色の赤いマジックテープ留めですふるーつ☆Cultivation・ドキドキハート
20081119153823.jpg

リボンの大きさも普段着らしく控えめにして邪魔にならないサイズに♪リボン
20081119153825.jpg

小春:「どお?アタチ素敵でちょ♪
細い首輪だけど、ちゃんと裏に「迷子時の連絡先」貼ってあるよ
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やっぱ可憐な日本猫ちゃんには赤がサイコー映えるね
20081119153821.jpg
あ~ケータイで写真撮るのってむずかしい…↑失敗写真だよね!
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私は↓の署名活動に賛同します☆皆様も是非お願いします!
 (オンライン署名プロジェクト)
「全国の動物管理行政102ヶ所に
宮崎県の「ひまわりの家」を設置して頂きたい」

http://www.shomei.tv/project-383.html

~上記サイトから転載~
宮崎県では、東国原知事の裁量で

宮崎県・動物行政保健所内に
民間に委託した「ひまわりの家」(プレハブ)を
2008年8月1日に開設致しました。

現在、全国の動物行政では
犬猫の収容期間が短く、
3日~1週間で命の期限を切られ
犬猫たちは年間35万頭の命を落として居ます。

宮崎県の「ひまわりの家」は
譲渡に適した犬猫に対して、
1ヶ月の猶予があります。

開設以来、多くの命が里親さんに譲渡されて居ます。

この1ヶ月と言う期間は
里親さんを探すのにはとても有効であると思います。

来年度から環境省は
自治体の動物行政の旧式な施設を5年計画で
都道府県や政令市に年間約10か所、2017年までに90か所を整備し
 9年間で殺処分数の半減をめざすと今年打ち出しましたが

私たちが望むのは

お金の掛かる整備より、
宮崎県のプレハブの施設「ひまわりの家」を
全国の動物行政全てに1軒、設置して頂きたいのです。


ぜひ、お聞き届け頂きます様にお願い致します。
生き物の命を大切に考える国に!! 

↓こちらも併せてお願い致します☆
●犬猫の殺処分廃止の署名運動
http://www.shomei.tv/project-91.html#detail

ありがとうございました♪
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昨日、石焼芋専用の鍋
石焼~きイモ~♪作ってみました♪
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ケータイ写メ投稿なので画像荒くてすみません
撮れてるかなあまっ黄色で、ネットリしたカンジが…
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母が最初、説明書どおりに作ったら、
コレとは違って、ホコホコした焼き栗みたいに粉っぽくなったんだけど
(甘みは凄いあったので美味しいけど、ちと思ってたのと違った)

今日は、
天日干し→塩水付け→弱火で1.5~2時間ぐらい焼いたら、
ネト甘~に仕上がりました♪
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芋の種類(品種?)にも左右されるみたいですよ!
意外と難しいみたい!

でも成功すると最高美味しいよ~♪
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↑小春がキャットタワーのネズミを狙ってる写メ☆

姫は、常に動き回ってるから
ケータイで写真撮るのは至難のワザ… ブレブレで…
今日もケータイからの写メ投稿です(ノ◇≦。)

写真は、今作ってる途中(笑)の、
~にゃあ姫様イメージ~の、手作り首輪です♪ (小春イメージの首輪はコチラ)20081119122300


にゃあ姫様の、気品溢れる繊細な佇まいにピッタリだわあぁ…(〃∇〃)
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フランス製の刺繍リボンを使ってます☆
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あとは、巻き薔薇ローズを作って、
ワインレッドのキラキラ宝石キラキラを、
コサージュみたいに前面に付ければ完成なんだ~♪

そうそう、パソコン、今月中には買えそうです♪
11月8日の記事、
「ペットのブタを食べられるか?小学生が号泣した授業=「ブタがいた教室」として映画化。肉食についての私の感情http://nyaahime.blog121.fc2.com/blog-entry-145.html

に関連するニュースです。

今年2008年の11月13日、
津南町の津南小学校の5年生児童67人が

総合学習の一環で食用豚の飼育に取り組み、
3匹の子豚を買い取り、12月の出荷前まで約2カ月間、
それぞれに名を付け子どもたちが交代で世話をし

出荷前には、「お別れ会」を開催。

児童全員が呼び掛け形式で子豚の思い出を語り、

「大切な仲間だよ」

とメッセージを送った。

別れの直前にブタはグラウンドに放され、
気持ちよさそうに走って児童と最後の触れ合い。


ブタがトラックに積まれ激しい鳴き声を上げ抵抗すると、
子どもたちの多くは涙をぬぐっていた。

樋口美蘭さん(10)は
「最後の鳴き声を聞いて、かわいそうで、さみしくなった。
短い間だったけど、命の大切さを教えてくれた」
と目を真っ赤にして話した。

人間の食が
動物の命と引き替えに成り立っていることを実感してもらうことが狙い。」

だそうです…。最悪です。

※参照リンク↓
痛いニュース(ノ∀`):「最後の鳴き声、かわいそうだった…」+子供たち、飼育したブタとの涙の別れで「命と食の大切さ」学ぶ…新潟
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1191634.html


この間違った教育を、
授業という名目で
子供達に押し付ける浅はかな先生が、

これからも増えていくのでしょうか?!


何故、誰も止めないのでしょうか?!
私が親だったら、絶対に許さない!

「ブタがいた教室」という
この偽善行為を肯定的に捉える映画によって、

そのような風潮が更に蔓延し

このような授業が増えていくような世の中に
なって欲しくないです。

大人達から個人的な主義主張を
ただただ、受身に教え込まれるだけの子供達を

良識ある親御さん達が守ってあげて欲しいです。

そして、
豚を育てて殺すのなら
中途半端に愛情を与えないで欲しい…。

愛情を沢山受けて育った子豚達は
優しくて大好きだった人間に
最後に裏切られ、想像を絶する恐怖と痛みを与えられ
命を奪われる。

その時の豚さんの気持ちを思うと…。

そして、
その最後を子供達には見せられない?
それでは、
この教育は最初から不可能なんです。
やるべきでは無い!

生きるために、他の命を奪う
ということは
こんな半端で無責任な授業をしたって
養われている状態の幼い子供達には
絶対に解らないと思います。


やるんだったら
死にたくないと恐怖に泣き叫ぶ豚を殺し、
肉片に解体し食べる、
という所までやらないと解らない。

そして、
何故、こうまでして殺し、食べているのか?
という部分についても
考えなければならない。

果たして、先生に
そのことが理解できているか?
先生って
そこまで教えられるほどの人間ですか?


どうしても、この授業を避けられないのだったら

私だったら
「鶏」を飼育し、

食べるか食べないか相談しあって、
食べないのなら、鶏を終生飼育する。

飼育し続けるのは勿論、
行動を起こした張本人、先生である自分が終生飼育します。

食べるのだったら、
殺し、食べるのは自分達の手で。
加工センターにトラックでバイバ~イなんて卑怯はしません。

あるいは
終生学校で育てられる品種の豚をペットとして
学校で終生飼育し、
(あの学校で購入したのは特に大型の豚らしいです。)

食肉加工センターに、
他の豚が殺され、断末魔の叫びをあげている姿を
生徒達と見に行きます。

ペットとして可愛がり、愛している
自分達の豚と、心が通い合っていれば

加工センターで殺されている
縁もゆかりも無い豚の、
恐怖と苦痛の叫びも、心に届くはずです。


そんな場面を見せるのは残酷だ、
と思う人もいると思いますが

この問題を教育したいのだったら
この方法しかないのではないでしょうか。

ペットのブタを、
保健所に送るように加工センターに送って

後は、どうなったか想像つかないけど
悲しかった、
でもトンカツは大好き~。


そんな子供も多いのでは?

私の、この件に関する思いは
11月8日の記事、
「ペットのブタを食べられるか?小学生が号泣した授業=「ブタがいた教室」として映画化。肉食についての私の感情http://nyaahime.blog121.fc2.com/blog-entry-145.html
に随分述べましたが

またもやショックなニュースに
長くなってしまいました。
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今日もケータイからの更新です(泣)画像も写メです~

上の写真は小春ちゃん♪
私の手作り首輪を付けてます(*^□^*)

リボン結んだ猫ちゃんの後ろ姿って…可憐で憧れてて

でも実際に結ぶと、首が締まったら危険なので
首輪に縫い止めてマジックテープ着脱にしてドリーム実現させました☆
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今日もパソコン…直らなかった〓
内部の掃除してもダメ〓
パソ借りてモブログ設定にして貰ってみました〓
今日もケータイからの更新です〓
姫と春は元気です〓
本来ブログ更新に使ってた時間を
クリスマスプレゼント作りに使ってみてます〓
手作りのネックレス、リップ、猫ちゃんのチョーカーとか〓
ブログでプレゼント企画やるのもいいかも〓
ってパソコンなきゃ出来ないんだけどっ〓
今日はバッグチャームを作りました〓
(上の画像がそうです☆ケータイからの投稿、よく解らない~!)
ま~たパソコンが壊れてしまいました
初めて、
ケータイから記事投稿してみてます
(パケ放やめちゃったから料金が怖いからね…
しかも、モブログ設定してないから
画像も投稿できない…)

モニターも前から壊れててチカチカなってたしね…

プリンターもまた壊れてるしね

先月はケータイ壊れたしね

私、電化製品と合わない体質~

メール・コメント下さっている方、
せっかく訪問して下さった方、

音沙汰無くてすみません…

しかし買い替えるお金…
今無いので…

未練がましく分解して、
ホコリ掃除なんてやっちゃってる私です

明日も引き続き頑張るぞ~
こんばんわ

今夜のNEWS ZEROで
「ペットのブタを食べられるか?…小学生が号泣した授業」

を取り上げるようです。

恐らく
もう随分まえの話、Pちゃんの話でしょうか↓(関連VTRのリンク)

YouTube:命の授業「豚のPちゃんと32人の小学生①
http://jp.youtube.com/watch?v=3XKK_NDXdu8


YouTube:命の授業豚のPちゃんと32人の小学生②
http://jp.youtube.com/watch?v=b56fBW_FTB0&feature=related



YouTube+-+命の授業900日+豚のPちゃんと32人の小学生③
http://jp.youtube.com/watch?v=uMFtTf8HhF8&feature=related



今月には妻夫木 聡主演で映画化もされましたね↓
ブタがいた教室>オフィシャルサイト【11月1日(土)全国ロードショー】
http://www.butaita.jp/

butagaita.jpg


映画館では、
ブタを食べるor食べない
を投票するシールを貼るボードを設置しているそうです。

今回も色々な意見、反響がネット上で飛び交っていますね。

私は昔聞いたときと現在では考え方が変わりました。

この教師は
今現在でも「あの選択が正しかったのか今でもまだ解らない」
のだそうです。

当時の教師の言葉:(以下青文字)

「僕たちが今食べているものと
それを食べるものにするまでの

加工の部分が離れていて見えなくなっている。

たとえば、豚肉といったらパックの中に入っている
それしか知らない。

豚という生きている物と、
豚肉というものが全然つながらない。

最後は殺して
みんなでその豚全部丸ごと食べるところまで
自分らで責任持って飼えないかな。

それぐらい責任もって一つのことができたらいいな。」


そして、この教師は
小学校4年生の生徒達に1匹の子豚を与え

Pちゃんと名づけ

運動場付きの小屋も、子供達の手で手作り。

休み時間になると
子供達はPちゃんを囲んで、楽しく戯れる。
可愛がり、毎日世話をして共に遊び、育てていく。


子供達の卒業が迫り

先生は当初の目的どうり
殺して食べる
ことを提案。

しかし当然ながら

「食べる・食べない」で議論になり

子供達の
「Pちゃんを、どうしても食べることは出来ない」
という意見で

当初の目的である
「自分達で食べる」
という目的は却下された。

しかし

飼うには毎月5万円のエサ代がかかるので
無理だと結論。


結局、先生の決断で
「食肉加工センターに送る」という結末になり

子供達は号泣で、
食肉加工センターへ向うトラックをお見送り。


数年間、子豚の頃から育て
毎日共に遊んだPちゃんを

食肉加工センターに「行ってらっしゃいサヨウナラ」で

命を奪う最後は見届けない。

>パックの中に入っている豚肉
に加工するのも、
結局は他人任せ。

そして、Pちゃんの肉は食べない。


教師の、「命の授業」ってなんだったのか。


選んだ理由は?

小学4年生の純粋な子供達が
名前を付け、子豚から何年も育てたPちゃんに
愛情を持ち、絆を作るという結果は誰にでも予想できたことです。

子供達に議論をさせるつもりがあるのなら

「終生飼育」という、1つの選択肢も
子供達が選ぶことも出来るような生き物(鶏、兎など)を

何故、この教師は「命の授業」に選ばなかったのか?

結局は、この教師のエゴ、
子供達に「自ら考え・決断を下す機会」を与えない
教師の持論の押し付けではないか。

この決定は、まさに日々行われている
ペットの犬猫を
「もう用済みだし、飼えなくなったから」と
保健所に送って殺して貰って、
後は知らんぷり。

という行動と全く同じだと思います。

子豚の頃から、何年間もの間
大勢の子供達から愛情を与えられたPちゃん。

死の痛みと恐怖が待つ食肉加工センターに
運ばれる直前まで、
育ての親である子供達の手から
大好きなトマトを頬張る、Pちゃんの嬉しそうな顔。

無責任な命の始末、という選択を余儀なくされた、
子供達の泣き顔。

>責任もって一つのことができたらいいな

この教師の言葉が非常に虚しく聞こえます。


教師がこの授業で行いたかったことは
>僕たちが今食べているものと
それを食べるものにするまでの
加工の部分が離れていて見えなくなっている。


>最後は殺して
みんなでその豚全部丸ごと食べるところまで
自分らで責任持って飼えないかな。
それぐらい責任もって一つのことができたらいいな。


という、初めから
教師の持論である「結論」ありきの豚の飼育だった。

それを
>子供達の
「Pちゃんを、どうしても食べることは出来ない」
という意見で、中止。
(↑この時点でペット扱い。)

しかし
ペット扱いして情をかけ「教師の思う教育」を中止したにも関わらず

>毎月5万円のエサ代
を、卒業後に分担して出し合い、終生育てる気持ちは無い。

そして、ペットを保健所(食肉加工センター)へ…。

命を頂くという責任は?教育は?

エサ代出す人居なくって、
食肉加工センターで殺して貰って

その後は、ちゃんと「誰か」が食べたのだろうか?
その結果を、子供達に知らせたのか?

通常、豚肉は生後 6 ヶ月で殺され肉になるが
3年間、飼育したPちゃんは…???

この、無責任極まりない決着の付け方、
その後の曖昧さ…。

「Pちゃん以外の肉は食べれるけど
Pちゃんと名前を付けた豚は食べられない。」

「自分達に不都合になったら
自分の手を汚さず、他人に後始末をさせ、責任を逃れる。」

これが、この授業の結果だと思います。

「Pちゃんを、自分達で殺して食べればOKだったんだよ」
と言っている訳ではありません。

そんなこと、子供達には絶対に無理でしょう。
始める前から解りませんか?

この子供達は、
野生の狩人になる訳ではないし
餓えていてPちゃんを食べなければ死ぬ訳でもなく
家族を養う為に屠殺する必要を感じている訳でもないんですよ。

子豚にPちゃんと名をつけ共に遊び3年もの間、育てた上に殺し食べる…
という経験からでなくても、

食肉加工センターで、
豚の断末魔の叫び、
命を奪い、肉片にしていく過程

を見せることで
「この教師が思う教育」は可能だったのではないですか?


(本当に、自分達の手で殺して食べるつもりだったのなら
この選択は余裕で「アリ」でしょう。)

そもそも、
この教師の中途半端な思考と行動が
浅はかで無責任だったのだと思います。

子供達を実験(教育?)に使う前に
御自分でシッカリと考えて欲しかったと思います。

それを未だにしないから、
この教師は10数年経った現在でも
>「あの選択が正しかったのか今でもまだ解らない」
と言っているのではないでしょうか。



私自身の肉食についての思いですが、
以下のサイトの、ビデオ映像コーナー等を見て以来、
saisyoku.gif    raitu.gif
肉を食べなくなりました。

2年前ぐらいかな?それまでは
牛角、マックは大好きで、お肉を美味しく食べていましたが

ビデオ映像の牛、豚が殺される時の

表情・瞳・悲痛な泣き声、
酷い苦痛と恐怖を与える殺し方

を、自分の目と耳で、シッカリと最後まで見て

殺される者の、
恐怖と痛み、悲しみの感情
生きたい!という強い思い


自分のことのように、強く強く、伝わってきました。

「私は、ここまでして肉を食べたくない!」
と心底激しい感情がおこって、大泣きしました。

昔、牧場で
牛さんが優しい目で私を見つめて、
頬をペロっと舐めてくれた時の
抱きしめたい程の愛しい気持ちを急に思い出して、

なんで私は今まで
彼らの恐怖や痛みを想像できなかったんだろう…

なんで映像を見るまで、
想像すら付かなかったんだろう…

彼らが、あんな方法で、殺されるまでの
心のうちを思うと

自分の罪深さに、
生きているのが嫌になりました。

肉を見ても「食欲」という反応が一切起こらず、
脳みそから、肉の味の記憶が消えた状態になりました。

付き合いの席で無理して食べたら
嘔吐の連続で高熱まで出て一晩入院になりました。

私は、牛が大好きです。
動物が大好きで、彼らの感情を感じます。

これは私の、個人的な感情です。

魚は可哀想じゃないの?
植物だって切られると痛いでしょ?

私も、そう思います。
植物にも、感情(喜び・恐怖等)があると本気で思ってます。

肉食=悪
で、
菜食=善
とは、私は思っていません。

上に書いた通り、
肉を食べないことは、私の個人的感情の為、
というのが1番大きい理由です。全て、ではありませんが。

私は
豊かな文明社会で暮らし、
野菜と穀物を選んで買うお金を持っているし

野生の狩猟民族では無いので、
肉を選んで食さなくても、
充分生存出来ます。
私にとっての肉食は、

生きる為に必要な行為では無く
肉の味を楽しむ為の趣味嗜好である、
という認識です。

例えば…
実際に日本で過去に起こった
●寛永の大飢饉(1642~50)、
●信長による鳥取城の兵糧攻め
等では、飢えによる「人肉食」が起こりましたが…

自分のお母さん、兄弟が
肉片になって、お皿の上に載っていたら
その肉片を、口にできますでしょうか。

人が、お母さんの肉片を食べるのを見て、
どう感じますでしょうか。

どうしても食べなくてはならないなら

お母さんと・見ず知らずの他人と
どちらを選んで、殺して食べますでしょうか。

命は皆、等しいもの
だと私は思っていますが

誰だって家族と他人では思い入れが違うように、
菜食と、動物食では
私も、自分の感情、苦しみ方が違います。

感情は、理屈や論理ではないので…。
それが良いと言っている訳ではありません。

家族(牛・豚・イルカ)

他人(植物・魚)
を例えるなんて酷い、と思われるかもしれませんが

この、1番難しい部分に対する自分の感情を
人に的確に伝える方法を、
これしか思いつきませんでした。

完全菜食のベジタリアン(ビーガン)であっても
植物の命を奪って
自分の命を繋いでいる以上、
罪深い存在であるのに変わりはないと思っています。

罪…
というのは言いすぎでしょうか?

よく、
「感謝して食べなさい」
という言葉を聞きますが、
私は昔から、この言葉には違和感を持っていました。

私は、
自分や家族が、食べるために誰かに殺されたとして

感謝しながら食べて貰っても、
ちっとも嬉しくないし、許せない、かえって怨みます。

私が、もし今
肉を食べる際に動物の魂に話しかけるとしたら…

「他に食べる物も色々あるんだけど
私が肉の味が好きな為に
あなたを殺して食べることを選んで、ごめんなさい。
あなたは生きたかったのに
その意志に反して殺したことは
私の罪です。いただきます。」

と、言います。
この気持ちは、植物、魚介を食べる時にも
感じる気持ちです。

私が「殺されて食べられる側」だったら
そう言って、しっかりと
自分の罪を認めて欲しいです。
「ありがとう、感謝します!」なんて言ってほしくありません。

だって、
私は、殺されたくなかったのに、殺されたんですから…
命を奪っておいて、「感謝」なんて道理が違う!
と感じます。

食肉にされた私:
「感謝なんてされてもね…。
私、自分の意思で、好意で死んであげた訳じゃないよ。
それより、謝って!罪を認めてよ!」

殺されて食べられる側の感情って、
こうなのでは?と思います。


更に
「食肉加工センター」の人達を
私は、どう思っているのか?についても
ついでなので記載しておこうと思います。

私は、
悪だとは思っていません。

家族を養う目的だからです。
楽しんで、やっている訳が無いと思います。
それこそ、生きる為です。

殺すのを他人に任せ、
にゃあ姫達(私の愛猫)にキャットフードを買っている

殺すのを他人に任せ、
キレイにパックされた肉を買って
「肉、ウマ~い♪」と味を楽しんでいる人達は

食肉加工の仕事を批難する資格は無いし
彼らの仕事を見、感謝さえするべき人間なのだと思います。

もし、
肉を誰も食べない世界になったら

私は辛いですが
自身の手で鶏を殺して、にゃあ姫に食べさせると思います。

猫は、肉を食べないと生きていけないから
にゃあ姫を死なせたく無いから、
鶏を必要最低限、殺します。

人間が肉を食べることは
現代では、生きる為に必要だからではありません。

アフリカでは
1日1食、トウモロコシの粉
牛1頭を大事に飼育して、絞ったミルクだけで
毎日を生きている人達が、沢山居ます。

それさえも、
毎日は食べることが出来ない人達

も大勢居ます。

その一方で我々は
上記の人達が食べれば命を繋げる穀物を
莫大な量の穀物を

食肉用の牛の胃袋に
強制的に大量に与え

異常に脂肪を付けさせて
「美味しい美味しい、脂がジュワ~っとして…」
と美食を楽しみ

必要以上に
牛や豚を殺し大量出荷。
あまりにも安価に手に入った命(肉)を
毎日食べ残し・期限切れで廃棄しています。

動物の命の尊厳だけではなく
人間の命の尊厳さえも
視野に入ってさえいないからではないでしょうか。

そういう感情から、
私は
生存の為では無い美食の為の肉食
を、選択するのを止めました。


「なんで、肉食べないの?」
って聞かれることは日常で多いです。

人と、場合、空気によって
私の答え方は色々です。

「アレルギーだから」
「生まれつき消化できない体質で」
「受け付けなくって…」

こうやって流すことも多いです。

私が肉を食べない理由、
なのに他の食材はOKな理由、

ちゃんと正直に話そうとすると
今日の記事みたいに長~い話になってしまうし

肉が好きな人からしたら
責められてる
ような気持ちになって不愉快に感じる方も居るだろうし。

変な宗教?って思われたら嫌だし、
嘘を言うのは嫌いだから

私は、本当の理由を話したいけど
そうもいかないことのほうが多いです☆

でも、
今日の記事で、全部さらけ出せて良かったです。

押し付けるつもりはありませんし
責めるつもりも、全くありません。

私も2年くらい前まで肉を美味しく思ってたし
私の個人的感情からの、選択なので

「へぇ~、kayoが肉食べないのって、
こういう理由だったんだァ~☆( ´_ゝ`)フーン。」

てな感じで読んで貰えたら嬉しいです。

そして、
もっと嬉しいのは
リンクのビデオ映像を見てくれることかな(o´ェ`o)ゞ

キャットフードを買い、
魚介、卵も口にする私が

「菜食」サイトを紹介するのは
正直、
おこがましく、自分を恥ずかしく
気まずく、申し訳なく思いますが

動物達の感情、
食肉加工の現実を、その目で、その心で、
しっかり感じて・知っておいて欲しいと思います。

Pちゃんを、「自らの思う教育」の犠牲にした教師の
最初の思いである、

>「僕たちが今食べているものと
それを食べるものにするまでの

加工の部分が離れていて見えなくなっている。

たとえば、豚肉といったらパックの中に入っている
それしか知らない。

豚という生きている物と、
豚肉というものが全然つながらない。」


Pちゃんの一件で
この教師の成し遂げたかった思い↑は
実現できなかったと私は思いますが

私の経験としては
リンク先の映像を見ることで

私なりに、深く深く学ぶことが出来ました。
saisyoku.gif   raitu.gif

長いのに読んでくださって、ありがとうございました
次回は姫たち出るからね

追加記事…↓
ペットのブタを食べられるか?の授業が
今年も行われていました

→http://nyaahime.blog121.fc2.com/blog-entry-152.html